PandaCafe

米国公認会計士の受験に始まり、転職、そして組織に依存しない働きかたを求めて疾走中!

2016年03月

かれこれ半年ほど悩み、いろいろやってみたけど、やっと仕事も勉強もケジメをつけてもう一度やり直そうって気持ちになったw

仕事。世の中にはいろんな会社があって、いろんな状況があるから、思い通りにならない状況の一部始終を説明しても何が正しいのか間違えているのかの判断はつかないもの。

ただ、一般的な考え方に照らしあわせてみたときに、どう考えても理不尽なことは、それなりに対処のしようがあるのだと思う。

今回、幸か不幸か内部監査があり、すべての心配事を話すことができた。マネージメントとそれの監視に関することなんだけど、これって小さな会社にとっては個人的に負担になるし、突かれれば会社全体に知られることになって、立場的にかなりのプレッシャーがある。だから躊躇していたのだけど、やはり、「マネージメント抜きで」その上の人間と話すべきだという結論になった。後で突かれてももう開き直るしかないなって、やっと行動に踏み出す気になった。

勉強。もう1月からやっていない。教材はすべて処分してしまった。目の前にあると要らないプレッシャーに押しつぶされそうになるから。しばらくは自分と向き合って、自分探しをしようと思っていたし。

でも、ほとんどの教材はネットやスマートフォンで見ることができる。だから、今日はBECのMCQから解いてみた。3ヶ月弱やってないからって、それほど忘れてはいないけど、あと1点の壁を超えるには以前の勉強方法ではダメだと思うから、やったことのない教材も取り入れてみる予定。

そして「1科目パスしたらやりたいこと」を設定して、パスするまではお預け。その場の気持ちに流されないように取り組もう。。なんて考えていた。


なんていうか、仕事も勉強も、それをやったからってどうなるわけでもなくて、「どう人生を充実させながら暮らしていけるか」 だけなんだよね。そして、それって、他人とどうの、ってことじゃなくて、自分の満足なんだと思う。

今回は、大台になったケジメとして、ここは踏ん張りどころだと感じたから。わたしが仕事を頑張らなくても、勉強をしなくても、何も変わらないことだけど、生きている以上、充実した時間を過ごしたほうがいいんじゃないかってところに行き着いた。

それから、わたしが生きているだけで喜んでくれる両親と娘が元気なうちは、わたしも一生懸命生きないとな~なんてことも考えた。 

ちょっとがんばってみる 

3連休、特に予定もなく、以前からやろうと思っていたことなどを淡々とやっています。

とは言っても、勉強ではなく、今回は「スコーンを焼く」こと。

 Photo Mar 19, 9 41 14 PM

お料理は好きですが、お菓子作りはあまり得意ではなくて、大好きなスコーンを上手に焼けるように練習してみました。得意ではない、というのも、作る回数がお料理に比べて格段に少ないからだと信じていて、何度も作れば当然上達するんだろうな。

見ての通り、少々硬そうな出来上がり。何がいけないのか、今回の反省点。

1つ1つのスコーンのサイズが小さすぎ。サイズ以外はレシピ通りに1グラムも間違えずに作ったのに、こんなふうに硬そうに出来上がったのは、サイズが小さいのに、焼く時間を短縮しなかったこと。

勉強もこんなふうにPDCAをまわしてできればぐんぐん得意になっていくんだろうなって、当たり前のことに気づいた。

PDCA



苦手なことは、「できない」のではなくて、経験回数が少ないだけ!

勉強を一時中断して、自分探しの時間、「何もしない」ことは、身近なことが故に気づかないことを気づかせてくれるいい機会 

いつか勉強に戻れたら、こんなふうに余裕をもって臨んでいければいいな。




転職活動も少しずつやっています。いろいろな業種の会社に面接に行ってみて気づいたこと。

「自分の興味の持てそうな、身近なものを取り扱っている業種」

への転職に惹かれるようになりました。


以前は、金融業、不動産業などの特殊な業界を除けば、あまり業種にはこだわりませんでした。というのも、娘のために働くのであれば選んでいる場合ではないし、どんなに辛いことや忙しい状況でも乗り越えられたから。でも娘も成人して、「自分の時間の貴重さと楽しみ」に気づいてしまった今、愛着が湧くものの近くで過ごしていきたい!って気持ちが湧いてきました。

同じ会計業務でも、あまり良く知らない機械を売るのと、自分の身近なものを売るのでは、売上があがったときの嬉しさとか、実感が全く違う。

あまり良く知らない機械を売り上げたとき、単に「あ~今月も目標達成して一安心、ふーー」ぐらいにしか感じません。でも、きっと、好きなモノが売れたら楽しいはず!

自分の好きなモノを取り扱っている会社に面接に行って、まわりに商品がいっぱい置いてある部屋に通されたときには、まだ働いてもいないのに、それだけでワクワクしてしまいます

これって、どんなに小さな会社でも、幸せを感じながら働ける方法かなって気付きました。

これも、いろんなことを考えているだけに留まらず、行動をとったから気づいたこと。

まだまだ納得のいくまで思うがままに行動に移して自分探しをしていきたいです

 

仕事が嫌だとか、勉強をやる気がしないとか、なんだかんだ言いながら、結局はやらなきゃいけないことが山程あって、ほとんどが仕事なんだけど、そんなこんなで流されて、追われて、まだ元気にやっています。

気づけば、そんな中で、世界のCPAたちに会うことがあり、ドイツ、オーストラリア、そして、イギリスのCPA。その中でも、やっぱり世界でいちばん難しいと言われているドイツのCPAは印象的だった。

全ての科目を一度でパスしないと合格にならず、MCQなんかもちろんなくて、面接があったり、受験料も驚くほど高くて、日本人が日本で受験するよりも何倍もする。そんな試験に合格してCPAを12年間やっていた人と会ったのだけど、それはもう自信満々w やる気満々w それは尊敬するというよりも、「はいはい、勝手にどうぞ」みたいな、例えるとナルシストのような感じでした 

オーストラリアは、持ち込みOKの試験。それもどうかと思う。というのも、大学の「持ち込み可」の試験を思い出すと、結局は、法規集などのどこにどんなことが書いてあって、というのを的確に把握していないと、適当なところから抜粋してちぐはぐなことを書いてしまうことになるから、きちんと自分の頭で理解して臨む「持ち込み禁止」の試験のほうがずっと楽だったから。

そんな試験に合格した彼女はテキパキと自信満々にやっていて、指摘する内容も鋭い!多分、オーストラリアのCPAが優れているのではなくて、単に彼女の性格から来ているんだと思うけど。

イギリス、これはあまり印象的じゃないというか、単に、あまり話すネタがなくて、興味も沸かなかったから聞かなかった。 

まあ、どこのCPAをとっても、その人の性格で、仕事がぐんぐんデキる人とそうでない人がいるんだなぁ~ぐらいの感想。で、他人の作った財務諸表を検証して、ツッコミを入れる、それはそれで好きでないとできないな~なんて思ったりもした。 

ただ1つだけ、共通して思ったのは、みんな頑張ってるんだなぁってこと。何がそうさせているのか、??よくはわからないけど、きっと好きなんだよね、そうゆう仕事が、彼女たちは。 

しばらく真っ暗な闇の中をさまよっている感じですが、何とか乗り越えようと、もがいてみたり、反発してみたり、流されてみたりしています。

このミッドライフクライシス、どんな状況かというと、いちばん状況を的確に表していると思った記事を抜粋してみました。

ユングは、ミッドライフ(中年)において人は、大切な人生の転換期を経験すると考えました。とくに32歳から38歳(*)の間に、個人の中にある深刻な変容が必ず起こるとし、これを「生の転換期(独語:レーベンスヴェンデ)」だと言っています。

* 現代社会ではこの年齢は40歳前後にあたるとも言われます。また、この変化の時は“40歳から70歳にかけてのある時点”で訪れると言うこともあります。

子供から大人になる思春期に危機が訪れるのと同じように、人生の後半に到達するときにも危機が訪れます。人生の前半に無視してきた問題や義務や欲求が、この時期になって現れてくるのです。

たとえば今まで価値があったものに対して価値を見いだせなくなったり、今までの生き方に関心を失い始める、といった形でこの危機はやってくるかもしれません。あるいは、突然、原因不明の身体的症状に悩まされるかもしれません。いずれにしろ、この時期に問題や症状が生じたら、それは新しい自己実現のための病だと考えられるのです。これに直面しないでいる限り、その問題なり症状なりに、悩まされ続けることになりますが、勇気を持って立ち向かい、これを乗り越えると、それは新しい可能性や創造性への飛躍につながります。したがって、「中年の危機」は意義深い停滞と言えますし、またこの危機はきわめて「正常」なものであるとさえ言えます。

ユングが1929年に研究所での講義中に次のように言った記録が残っています。

「年をとれば、自分自身や世界などの両義性を知ることがきわめて重要になってきます。疑うことは知恵の始まりです。人生の価値を疑い始めることはきわめて重要であり、そうして世界の錯綜から自らを解放することができるようになるのです。若い人たちは疑いの中で生きることができません。人生に対して深刻な疑いをもてば、世界に入っていけなくなります。しかし成熟した人は世界からもっと分離すべきです。人生の半ばをすぎれば、それは完全に正常なことです。」

エレンベルガーという精神科医は、フロイトやユングなどの深層心理学者の人生を調べ、「創造の病(creative illness)」という考えを提唱しました。偉大な創造的な仕事をした人は、中年において重い病的体験をし、それを克服した後に創造活動が展開されるというのです。この考えは、他の学者によっても多くの跡づけがなされ、中年における身体的病気や思いがけない事件などもそのような意味を持つことが明らかにされました。

この「危機」を乗り越えようとする過程で多くの人が体験することのイメージとして、「夜の海の航海(night sea journey)」があります。心が暗闇の中にあって、出口の光が見えず長らく低迷する状態です。しかし、航海がそうであるように、いつかは闇の世界から脱出する時が来ます。

引用元:分析心理ドットコム

救われる気持ちになるのは、「正常なこと」ということ。人によって状況や経験が違うので、その時期は前後すると思いますが、その最中にヤケになっておかしな行動を取らない限り、「正常」な範囲での出来事らしい。

で、路頭に迷っている間は、何を考えても答えが出ない、出口の見えない真っ暗闇を歩いている感じで、これから先の不安しか感じない。正に少し前の私。今は、こうゆう原因がわかっただけでも気持ちが楽になった。

歳を取るって、単に歳が増えていくだけじゃなくて、想像できない未経験の気持ちに遭遇するってことだってよく思う。今度は「もうこのまま私はダメになっていく」って何度も思った。そのたびに、そうなりたくないからもがく。本を読んだり、転職しようと考えたり、ひたすら流されてみたり。

もう少しだけ続きそう。でも、いつか脱出できるときが来るって信じて目の前のことをやるしかないね。
 

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