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米国公認会計士の受験に始まり、転職、そして組織に依存しない働きかたを求めて疾走中!

カテゴリ:人間活動 > 生き方

シャイニングマンデー。。。皆さんはどう感じたか気になりましたが、私は「日本 大丈夫か~???」の一言だけです。

プレミアムフライデーが月末の金曜日ということで、月の中でも業務が忙しい時期ということもあり、なかなか休めないという国民の意見を受けて、経産省が考えた、金曜日の夜早く帰るのではなくて、週末を日曜日の夜までゆっくり過ごして月曜日の午前中まで休みましょう!というもの。もういい加減ほっとけ!と思いました。

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そもそも休みなんか、いい大人が自分で決められないのか???繁忙期や休めない時期がいつなのか、社会人ならわかるし、自分の体のことは自分がいちばんわかるよね?

休みまで他人に決めてもらわないと休めない国民は間抜けで本当に情けないと強く思うのです。そして、そうでもしないと休めない会社で一生懸命働くのももう終わってる気がします。

日本の社会は情けないほどに幼稚だと思います。何から何まで細かいことを他人が決めて。街を歩いていても、オフィスビルの中にいても、張り紙に「ここは静かに歩きましょう」的なことが長々と書いて貼ってあったり、「困っている人を見かけたら声をかけてあげましょう」といったアナウンスが流れたり、幼稚です。言われなくても自ら行動しようよ。。。

経産省はGood ideaを提案していると自信満々に見えるけど、ホント、みっともないからやめてほしいわ。

プレミアムフライデーだって、月末が無理なら、他の金曜日に早く帰ればいいんだし、私個人的には、一週間の初めの月曜日の午前中なんか休んだら調子狂ってしまうけどね。

仕事やってて思うけど、金曜日の午後にアポとろうとする人材会社の営業とかとっても迷惑なんですよね。こっちとしては、月曜日は週の始まりで体調がいまいちなこともあって早く帰って体調を整える、金曜日はほぼ週末気分だから早く帰る、ってことを毎週やっているのに。

なので、月曜日の早い時間と金曜日の午後は相当の理由がない限りアポは断ってます。

で、火曜日から木曜日の3日間にものすごく集中して働いたらすごく捗るし、とにかくその3日間だけは、どんなに遅くなってもいいから頑張ると決めているのだ。

プレミアムフライデーが成功しなかったからと言って、次の策を無理をして考えるのはやめてほしいです。もっと自己責任で決められるような国民を育てることを考えた方がいいと思う。

なんだろう、休みを取らせたいがために国をあげて直接休むことに働きかけるんじゃなくて、みんなが休みたくなるような、個々の時間を有効に使いたくなるような動機付けとか雰囲気作りが大事なんじゃないかな、浸透するまで時間はかかりますが。

自由に生きている人を描いた映画を作るとか、余暇をおしゃれに過ごしているドラマをつくるとか、今は現実には考えにくいけど、決して夢でしかないものではなくて、少し努力すれば実現可能な何かを広めることで、みんなが穏やかに休暇を楽しみたくなるような働きかけだよね、必要なのは。

プレミアムフライデーに不満をもって休めないことを政府や他人のせいにする国民も国民だと思いますが、国にはもっと根本的な政策を考えて欲しいですね。

今は、休暇は普段のストレス解消のための時間になってる。そうじゃなくて、ストレス解消が終わったら、次は自分が大好きなことに時間を費やして、ストレスさえ感じない本当の自分に戻ったところで仕事をしたら生産性上がるような気がするのです。

関東には台風が近づいていますが、今日金曜日は午後から会社のバーベキューでビーチに行きます♪
このイベントについて、幹事、とまではいかないですが、計画を立てるに当たって携わってきました。で、そのメンバーの構成は重要で、思考が全く違うと決めごとがなかなかまとまらず複雑です。

私は大雑把で、心配事があるならとりあえずやってから考えようというタイプなんですが、もちろんそうじゃなくて、最初から密に対策を、という人も多いです。

食べ物の好みは、美味しいものを知っている人とそうでない人の違いは大きいですが、性格的なことを言えば、心配性な人がいると、それはそれで助かることもあるのですが、「心配事」をその都度考えて対策を練っていては決まるまでかなりの時間を費やすことになるんですね。

で、心配事があると、それを回避するためにお金をかける、時間をかける。お金はいいとして、時間は帰ってこない。

ということで、どうなるかと思いましたが、いい感じに周りからの提案や希望を取り入れてなんとか一件落着!楽しい一日になりそうです。

でも考えてみると、こうゆうのは仕事でも十分考えられることだし、良い勉強になったと思います。ムダに長い会議とか「心配事」をムダに突き止めようとするのが原因じゃないでしょうか???

また、周りの意見や要望を聞くことで先に進みやすくもなります。

命に関わるような心配事でないのなら、とにかくやって見てから考える、というのも一理あると感じたのでした。

ここのところ、平日はテレ東を観ることが多いのですが、今日は「世界74億人が仰天したとんでもない瞬間」で共感できることがあったので、自分の言葉にしてみようと思います。

スポーツ選手を初め、著名人がすごい!と思うことはよくあることですが、自分には到底できないことだと諦めることが多いです。そしてそんな人たちは生まれつき才能があるとか、コネがあるとか、運がいいとか、と別世界に住んでいる生き物のように感じることも少なくありません。

番組の中で、古舘伊知郎が解説をしていたのですが、どんな優秀な人でも、極度のストレスを抱えることは多く、いや、著名人だからこそ、そこには周りからの期待とか、意地とかあるんだと思います。

ただ、一般の人でも、ある過程を経ることで、少なくとも苦手だったことや、難しいことが楽しく、気持ちよくできるようになり自信が持てるということでした。その過程とは、

1.極度のストレスを極める:何度やってもできないこと、一時的にうまくいっていたことが何かの拍子にできなくなってしまったとき、周りからの期待が大きすぎてつぶれそうなとき、極度のストレスを抱えます。ただし、そのストレスから逃げることなく受け止めること。ジタバタしてもいいし、とにかく逃げない、やり続けて辛い時間を敢えて過ごす。

2.なかなかモノゴトがうまく進まない、「どうにでもなれ」と開き直るんです。開き直るとどうなるか、どうでもいいと思うとストレスから解放されて、自分の本来の力が自然にでるようになる。緊張して、潰されそうだった自分が、ストレスから解き放されて自由になるという感覚でしょうか。実は私もこの経験があるのですが、私にはできないと思っていたことが、ストレスを抱えながらもやり続け、とことんダメ出しをくらい、最終的には開き直ったところ、ストレスから一気に解放されて、それまで続けてきたことが自分の力になって発揮できたこと。

3.そして、力を発揮できたことが自信となって今度は究極にリラックスしながら落ち着いて引続き自分をのばすことができるようになるのです。

やはり、出来る人は生まれつき才能があるとか、運がいいとかではなくて、それは、「努力」の結果なんですよね。どんなストレスを抱えていても諦めないで続けてきたことがしっかり身につくんだなって共感しました。

番組ではスポーツ選手を例として挙げていましたが、私はこれって、なんにでも通用することだと思います。仕事も勉強も。

何か月、何年と集中して諦めずにやるってかなり苦しいことですが、一つでもスッとできた瞬間はものすごく気持ちよいし、何より自信がつくことだと思います。

体調も気持ちも落ち着いてきたので、また何か始めようかなって気持ちになってきました。

ブログを一年半ぶりぐらいに復活し、全く一から始める気でいたのですが、当時、コメントをくださった方からコメントをいただき本当にありがたく感じています。

今日も狂ったような暑さで、しかも、オフィスビルの冷房が限界(?)のようで、更に休み明けの寝不足で気を失いそうでした。気温だけを考えれば、もっと上をいく国もあるのものの、日本は湿度が高いせいで不快感度が何倍にもなるんでしょうね。外にでて5分もしないうちに顔から汗が噴き出るような、まともな洋服は着られませんね。

そんなんで、毎日のように熱中症患者が続出、で、やはり「日本人はマジメ」ということで、どんなに暑くても我慢してしまう国民なんでしょうね。

そこのところは捉え方だと思いますが、以前知り合った外国人と、日本人が定時を過ぎても帰らないという話になって、そしたらその人、「日本人はマジメなんかじゃない、変わりたくないだけ」とおっしゃっておりました。

確かにね、変わるのが面倒だし、毎日同じように淡々と仕事をしていれば、決まった日に決まった額のお給料がもらえて平和な毎日なわけで、頑張って前進するために変わるんじゃなくて、毎日満員電車に乗って、決まった時間に会社に行って、決まった時間にランチを食べて、上司がいるから帰れなくて、やっと帰ると思いきや、お酒を飲んで、言いたいこと言って、スッキリした気になって、やっと帰宅するという、そんな時間を過ごしている気がします。「嫌われる勇気」嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え [単行本(ソフトカバー)]じゃないけど、「仕事だから仕方ない」というのは嘘で、変わりたくないから満員電車に乗るんだし、決まった時間に会社に行って、上司がいるから早く帰れないのだし、帰りに飲み屋に寄ってしまうという理解ですね、私は。だって変わりたいのなら、そんな意味のない時間を過ごしませんよね?変わりたくないからそうゆう時間の過ごし方なんですよね???

更に、「マジメな日本人」による弊害は、ITの遅れにまで及んでいると思うのです。

ITって、怠惰な人がとっても上手に便利な機能を使いこなしますよね。それは、面倒なことは機械にやらせて自分は他のことにとりかかるという、生産的な考え方だと捉えます。他方で、「マジメな日本人」は、素晴らしいシステムを導入しても、手作業で一つ一つ確認しながら、やった方が良い、または、作業をしている(振り)方が周りからも働いていると思われるし、何より達成感があるってわけで、ここでも「マジメな日本人、イコール、変わりたくない日本人」がいるわけです。

結果、どんなに優良なシステムを導入しても、考え方がまったくついていかず、手作業を間に入れることで、達成感が得られるのです。

ということで、日本のITが遅れている理由はこのような人間の心理に大きく依存しているんだと思います。誠実さという意味での「マジメさ」は変える必要はないけれど、そろそろもう少しある意味ズボラになって変わっていく世の中になったらいいなと思います。


SNSを始めて10年ほどですが、人間関係に変化があったかと、結果から言えば、「変わらない」ですね。SNSでは何年も会っていなかった友人に再開できたり、共通の趣味のある人と知り合うことはあっても、結局は自分の気持ちの通じる人との付き合いという基本的な姿勢がブレることはないのです。

むしろ、初対面やお会いしたことがなくてもつながったばかりに興味のないイベントに参加することになったり、何かこの先へのつながりに転じるかもしれないといった期待でお付き合いしたり、「寄り道」が多かった気がします。

あと、とっても疑問に感じるのは、「SNSやメッセージアプリの友達を切ること イコール 友達としての縁を切ること」のようになっていること。世の中いつからそうなったのでしょうか????

アプリなどの「友達を切ることが縁を切る行為」というのがおかしいというのもそうですが、同じ人間の考えた「アプリ」という一定の形式に私たち人間関係を当てはめて、その形式にしたがったやり取りで人間関係が成立していることが私には不自然で、情けなく思うのです。そして挙句の果てには事件も起こったり。

もっとも、SNSやメッセージアプリは好きではなくて使用していない人も少なくはなく、こうゆう人はとっくに上記のような気持ちを以前から感じたことがあるのかな~と思います。

他方で、SNSを上手に利用してビジネスを展開している人も多く、そういった人たちは割り切って上手に使うことができるのですよね。

で、今更ですが、SNSを辞めることは可能でも、メッセージアプリを辞めることがとっても難しいのですよね。歳をとった両親、実家の兄妹、娘、幼馴染の同級生との連絡手段、などなど。

一つ言えるとすれば、いつの時代も、自分をしっかり持ってブレないことが大事ですね。他人や情報に振り回されないようにすることはこれから先も大事なのかもしれないです。



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