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米国公認会計士の受験に始まり、転職、そして組織に依存しない働きかたを求めて疾走中!

タグ:社会人の勉強

しばらくCPAの勉強から離れ、もうこの先は勉強をすることはないのかなとも思うことがありましたが、もう一度トライしてみようかなと、最近思うようになりました。

子供も成人して、仕事も落ち着き、特に勉強する理由というのは周りから見れば見あたらないのですが、私自身、どうしても「やり切れてない」感をしばしば感じるのですね。

若い人から見れば「その年で??」と理解に苦しむと思いますが、年齢の問題じゃないんですね。。こればっかりは、年齢を重ねないとわからないというか、そのときそのときで、思うことはいろいろ変わってくるし、目標も変わってくるんです。とにかく、やり切れてない感をこれ以上引きずるのは嫌なんですね。

それから、実際にファイナンスの仕事をしていて感じるのは、ビジネス文書もわかるようになるし、親会社のファイナンスの人たちと話をしてもスムースに通じる、財務の言葉を英語でちゃんと伝えることができる、などなど、仕事の環境が良くなること間違いなしなんです。

あんなに分厚いテキストを狂ったように読んでいれば、そりゃそうですよね。

まぁ、この勉強をやって悪いことはないけど、良いことはいっぱいあることは間違いないですね。

身の回りもだんだん落ち着いてきたので再度頑張ってみようと、ここのところ頻繁に考えるようになりました。

さぁ、何から始めよう☺

こんにちは、ほぼ一年ぶりの投稿です。

ここ2年ほど、転職や人生とか、いろいろと躓いて、あれこれと試してみるものの、大した変化はないのですが、ただし、気持ちの整理だけは時間が経った分かなり改善しました。

とは言っても、生きていくためには何かしら「目標」がないとダメな性格、まだまだ模索中です。

そんな中で何かの手がかりを探すべく本屋さんへ、そして読んだ本、「東大読書」


現役東大生が執筆したものですが、効果的な本の読み方が惜しげもなく綴られています。これまで本を読んでも読みっぱなし、しばらく経つと内容も忘れて自分のモノにならないことが多く、しかも、何かの資格試験の勉強をするのならなおさら、内容を自分のものとして残していけたらいいという思いで即購入しました。

効果的な本の読み方もよかったのですが、何より羨ましく感じたのは、東大生って、お互いに好きそうな本をプレゼントしあうとか、読んだ本について議論するとか、普通にやっていること。なかなかそういった友達が周りにはいないこともあり、そんな環境があることが羨ましいと感じました。



これまでいろんな本を読んできましたが、心に残って今でも内容を覚えていて、実際に再現して、しかもそれが効果的だった本、一言で言えば「人生が変わった一冊」はある間瀬が、それ以外は読んだことさえも覚えていなかったりします。

ちなみに「人生が変わった一冊」は、「朝2時起きで、なんでもできる!」です。娘が小学校5年生のころ、どうしても大学に進学したくて、そのためにどうやって勉強をしていったらいいのか、そんな思いで読んだ一冊です。子供と一緒に8時に寝て、2時に起きて、出勤までの時間に勉強するという、この本から得た勉強方法(時間の捻出方法)は実践して、そのまま何も考えずに大学に進学しました。




こんなんで、ぼちぼちと前向きな生活を復活していこうと思います。



やる気になったのはいいけど、平日は忙しくて家に帰るとどうしてもボーっとしてしまい、なかなか本腰を入れて何かに集中できる状況ではなくて、時間が過ぎていくだけの毎日に焦って読んでみた


これ、なかなかいいです♪ 自分でも何度も思っていた、それから、このブログにも書いたことがあるのだけど、「目標を達成するための手段が、いつしか目標にすり替わってしまう」こと。

私が30代後半で仕事を辞めて、小学生の子供を育てながら大学に通い始めたのは、何があっても子供との暮らしを改善させるべく、仕事をバリバリやって、贅沢させたい~なんて思いが止まらなかったから。

だから、勉強も仕事も頑張れたし長続きしたし、何よりそうやって夢中になって「贅沢な暮らし」を夢見ながらやっていることが楽しくて、でも「夢」だとは感じてなくて、絶対にそうなりたい!って自然な気持ちでいることができた。

大卒の友達に「大学なんてでたってかわらないよ」なんて言われても何とも思わず、むしろ「一緒にしないでよw」なんて思ったりしていた。

この本を読んで自分のことを考えると、目標は「贅沢な暮らし」であって、CPAの勉強をすることはその手段にすぎず、でも、勉強をしているうちにいつしかそれが目標になっていた。

で、CPAでは2科目パスしたものの、仕事が大変だったり、疲れたり、いろんなことで落ち込んだりしているうちにかれこれ1年余り勉強がストップしたまま。

今思うのは、仕事が大変、疲れた、いろんなことで落ち込む、ってことで辞めてしまうってことは、大きな目標だった「子供との生活を改善する」ってことが、子供が成人することで無くなってしまったから。仕事が大変、疲れた、いろんなことで落ち込む、なんてことは、ただの言い訳にすぎず、ただ目標がなくなったからなんだってわかった。

この本にも書いてあるけど、結局は「なりたい自分」という目標がなくなるってことが最大の問題。

ここ数年、勉強をする、起業する、自分に何かできないか?なんてことを延々と考えてきたけど続かないのは、結局は、それらを経て得る大きな目標を見失っていたからと、この本を読んで気付きました。

素直な気持ちになって、自分がこうなりたい、誰かのためにこんな環境を作りたい、といったことを実現させるために何かをするなら何があっても諦めたりしないんだろうなって思う。

そもそも自然にそう感じて頑張れるときは、「なんで続かないんだろう」とか「集中できない」とか考えないよね。でも、いったん目標を見失ってしまった今、この本に出会えて、何が自分を奮い立たせていたのか分かった気がします。

いくら頑張ってもなぜか続かないと思う方、ぜひ読んでみてください



 

昨日が現在の会社最終日でした。

朝は目覚めがあまり良くなかったものの、歩いているときに、ふと「体が軽い♪」感じがして、もしや、サプリメントの効果?!と思いましたが、そんなに早く良い症状が現れるとは思えず、かと言っても、最後の就業日ということに対して、そんなに気持ちが弾んでいたわけでもなく、謎です。。

こちらにミドルの体の悩みを投稿して、同じように悩んでいる方からありがたいコメントをいただき、さっそくサプリメントを試し始めているところですが、今日はその効果の表れなのか、それとも就業日最後だからなのか、本当にわからないくらい体が軽かったです~。

おそらく、週末仕事で運動不足になることを懸念して、ランニングをしたことも良かったのだと思います。

とにかく今日は、仕事は集中してできたし、落ち着いて引継ぎもできたし、「先が見えるとここまで気持ちが楽になるのか。。」と思いながら最後のお仕事を終了できました。

仕事だけじゃなくて、ランニングも、勉強も、子育ても、ほとんどすべてにおいて、人間て終わりが見えると頑張れるし、落ち着いた気持ちで何かに臨むことができるんですよね。

この原理を使わないわけにはいかないです!と思うのだけど、必ずと言っていいほど、何かをやるときは自分を追い詰めて、無理をして、できる限りギリギリの力を出して、やってしまう。もっとリラックスして、何か困難なことがあったら一休みするぐらいの気持ちに余裕をもってできたら、いつでも「先が見える」状態にできるんじゃないかなって、「休む」ことの重要さをしみじみと感じたのです。

稀に、数年間引きこもりになったり、なかなか運がまわってこなかったり、何かをきっかけに悪循環からぬけられなかったりなどなどありますが、「悪い時期」ってそう長くは続かないものだし、リラックスしつつ、適当にやりながら対応できれば、その先にはまた自分の知らない世界があるのかななんて思います。

勉強だってそうですよね、なかなか合格できなくて、追い詰めて、無理をして、その結果、勉強が嫌いになって、数年手をつけなかったり。そこに少しでも思い切り休憩を入れたら、違うアイデアがわいたり、わからなかった論点がふとわかったりするんだと思う。

またこんなグダグダと「思い」について書いてしまいましたが、我を忘れて何かに打ち込むようになれるのが当面の目標ですね、自然にそうなれればいちばんなんですが(笑)
 

退職目前ですが、こういう時に限っていろんな仕事が飛び込んでくるものですね。

金曜日に税務申告用の勘定科目内訳書を作成することになり、この週末自宅に持ち帰ってやっていました。 

自宅で仕事をするといっても、本当に必要な仕事なので、テレビをつけたり、モノを食べたりもあまりせず、黙々とほぼ一日中、集中してやることになります。 

そうすると、運動不足になって、からだがなまった感じがしたり、なんとなくスッキリしないもの。

なので、この週末は土曜日・日曜日の2日間は朝のランニングをしていました。


仕事をしていると、まだまだ分からないことに遭遇するのですが、今回は、もう一度勉強をしようって気になりました。資格をとって転職するとか、そうゆうことではなくて、もう自分の知識も賞味期限切れが多くなってきたなって感じです。

そろそろ勉強を辞めて1年になりますが、会計も、税務も、法律が変わって、新しいアプリケーションもどんどん出て、それなのに、勉強は止まったまま、これではついて行けるわけがないですね。

それから、ふとしたことから、英語以外の語学も勉強しようと、ちょっとワクワクしてきました。

資格試験は、受けるかどうかわかりませんが、「勉強する」っていうことは、これまでの自分の知識や経験が、日々のいろんな感情や出来事によって、あるべき姿から少しずつ歪んできているものを、またあるべき姿に戻して、なおかつ、最新の知識をつけて、もっともっと良い仕事ができるように軌道修正するってことにもなる、むしろ、今の年齢での勉強は、そうあるべきなのかなって思いました。

資格試験を受けるとなると、どうしても、「良い仕事をするための勉強」という目的が、「資格試験に合格」という目的に、いつの間にかすり替わってしまい勝ちです。良い仕事をするための手段である勉強が、いつの間にか「目的」になってしまうのが良くないなって思います。そうして、合格するまでは時間を費やしているがために、いつの間にか大切なチャンスを失うこともあると思います。

なので、ちょっと、この気分の変わり目に、興味のあることをどんどんやってみようと思います。そして、目的と手段をはき違えないように、たまには俯瞰して、軌道修正しながらできたらと、この週末はそんなことを考えていました。 

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